錆兎の読み方は、さびと。
孤児だったが鱗滝に育てられた。修行中の炭治郎の前に突然現れる。

正体

実は既に亡くなっている、故人。
炭治郎に剣術を指導していたのは霊となった姿だと推測される。
最終選別において鱗滝に深い恨みを持つ鬼と戦い、頚を斬り損ねたところで刀が折れてしまい、そのまま頭を握り潰され絶命。

自分が最終選別に合格できずに命を落とし、鱗滝の元に帰れなかった無念から炭治郎が同じ轍を踏んでしまうことのないように厳しく剣術を指南したのであった。

炭治郎が最終選別で鬼を斬り、滅した後、真菰を含む他界した他の鱗滝の弟子と同様に、魂だけになろうと帰るという約束通り、鱗滝の待つ故郷の狭霧山に帰還した。

実は冨岡義勇と錆兎は、同じ時期に鱗滝左近次に入門した同期であり親友同士である。

共に鬼によって家族を殺され、天涯孤独となっていたところを鱗滝に引き取られた。
同い年の13歳であった二人はすぐに仲良くなり、最終選別を通るために稽古に励んだ。

そして運命の最終選別のとき、錆兎は手鬼と戦い、命を落としてしまう。
義勇が炭治郎に語った最終選別のあの日、あの年の選別で死んだのは錆兎一人だけであるが、それは錆兎が藤襲山に放たれた鬼たちを殆ど一人で倒していたからである。
だが、それにより刀が摩耗していたため、手鬼との戦いで刀が折れてしまい、その隙を突かれ亡くなっていたのだ。
錆兎を亡くし、何もしていない自分が最終選別に合格し鬼殺隊に入隊できたことに義勇は忸怩たる思いを抱き続け、根底では常に「自分は水柱に相応しくない」と己の立場を否定することとなっている。
前述した義勇の羽織の半分は錆兎の形見であり、それを羽織り続けているのは友の死、悔やんでも悔やみきれない想い、無力だった自分を忘れないためと思われる。

余談

彼が炭治郎に稽古を付け、最終的に大岩を斬り伏せさせるエピソードは、柳生新陰流の開祖である剣豪・柳生石舟斎の伝説『一刀石』がモチーフになっているとされる。
一刀石は、奈良の山奥で剣の修行に励んでいた若き日の石舟斎の前に天狗が現れ、その天狗との戦いで石舟斎は一刀の下に斬り捨てるが、斬ったはずの天狗の場所に真っ二つに斬り裂かれた巨石があったという伝説である。
彼らの師である鱗滝が天狗の面を付けていることも、それを暗示していると思われる。

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